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しゅがらぼ

リケジョ学生しゅがーが日常にアンテナはったらこーなった

ボランティアって実際自分のためにやってるんでしょ?

日常で気になった

('ω')<こんにちは しゅがーです

 

みなさんはボランティア、したことありますか?

私は1度だけあります。(クラフトビールイベントの運営補助、という名の雑務です。)

やってみた感想としては、『ボランティアはもうやりたくない』でした。

金を貰えない、周囲はすでに顔見知り同士でその中に入っていけるわけでもない、などなど。自分のかけた時間と感じる価値が見合わなかったのです。

と同時に、『ボランティアを積極的にやる人って、他人に尽くしてばっかりで楽しいのかな、自己犠牲精神の塊なのかな』と思いました。当時は。

 

ですが就活など諸々を経て、ボランティアだろうとなんだろうと全ては自分のために行っているんだと考えるようになりました。

念のため言っておきますけど、ボランティアを否定する記事じゃありませんよ。人のために行う活動でも自分のためにやる行動でも根本は自身の欲求があるんだ、という考えを述べただけです。あ、でも「自分自身を犠牲にして、人のためにやっているんだ!!!!」という主張に対しては否定的です。

 

*ひとのために、を通じて自分のメリットとしている

ボランティアをやっていてよかったこととしてよく聞くのが以下のこと。

・社会経験になる

・就活に役立つ

・違うコミュニティーの人間と接触できる

・知見が広がる

…全てベクトルが自分へ向いています。知識・経験、これを自分の糧にしたいからやるんですよね?ていうか就活に役立つとか私利私欲の塊ですよね。笑

やる前はそんなこと思ってなかった?というあなた。

やってる途中で知識・経験がついてきて楽しくなって続いたんじゃないでしょうか?楽しいこと嬉しいことがあったからやれたんじゃないでしょうか?やってる中で自分にメリットがあるから続いている、そしてメリットを享受し続けている。私はそう思うわけです。

 

*ボランティアもだいたい見返りを求めている

例えば恋人に尽くす行為。これ、何のためにやってます?

喜ぶ顔がみたい?自分色に染めたい?元気になってほしい?

まあ色々あるんでしょうけど多分

もっと自分を好きになってほしい、喜ぶ姿を見てときめきたい・うれしくなりたい、元気になってまた稼いできてほしい、

など見返りを求めた投資行為だと感じるんです。

ボランティアもだいたい同じで見返りがあるからやっているんじゃないかと思うんです。

被災地の復興ボランティアだと、

元気になってもらってまた美味しいモノ作ってほしい、喜んだ顔を見れるとうれしくなる、地域のために頑張ってるオレすげーって思いたい、地域の様子をブログの記事にしたい、

などなど。挙げればきりがないでしょうが、とにかく基本的に私利私欲を含んだ見返りを求めていると感じます。あとは自分たちの地域で問題が起きたときに助けてもらうためとかもあるでしょう。こちらは少し規模の大きい見返りですね。

たとえ話はここら辺にしておきますが、他のボランティアでも見返りがあるからやっているんだと思います。

 

まとめると

ボランティア行為は"情けは人の為ならず"精神で成り立っているのだと感じます。

ボランティア行為は人のために何かをすることで、自分の欲求を満たしていると。

こういうと聞こえが悪いですが、言い方を変えると、ボランティアは自分の欲求を満たすことで誰かの助けになるというわけです。つまりWin-Winです。やり方を間違えなければ。

もし就活生で、『自分のやってきたことはあんまり人の為じゃないんだよなー』というひとがいれば安心してください。ボランティアやってきた学生だろうとその子が自衛隊とかでなければ大概自分のメリットのためにやっていますから。それを体よく言っているに過ぎないでしょう。

 

文章にするのがへたくそなので伝えたい事が半分も伝わってない気がするのは残念ですが、ここらへんで終わりにします。